進化し続ける、コーセーの「リポソーム」技術 ~守り育てていく独自技術、そして超えていくべき高い壁~ 2025.02.27

コーセーが誇る製剤化技術の一つに「リポソーム」があります。「リポソーム」は、もともと医療領域で使われてきたデリバリー技術です。近年ではサプリメントなど、様々な場面において耳にする機会が増えました。今回は、当社の「リポソーム」研究とその魅力について、研究員の池田裕政さん、黒木純子さん、木内愛海さんに話を聞きました。

写真左:研究所 先端技術研究室 池田裕政(いけだ ひろまさ)
千葉県出身。2016年コーセーに入社。入社から8年間、化粧水・乳液・美容液等のスキンケア製品の処方開発に従事。現在は、2024年に新設された先端技術研究室スキンサイエンスグループに所属し、製剤だけでなく皮膚についての知見も深め、より肌効果の高い製剤開発を目指している。

写真中央:研究所 先端技術研究室 黒木純子(くろき じゅんこ)
滋賀県出身。2008年コーセーに入社。入社以来、皮膚科学研究やスキンケア製品の開発に従事。約2年間フランスのリヨン分室に所属し、ヒト皮膚を用いたリポソームの効果検証を重ねることで、肌バリア機能への効果を実証。現在は、先端技術研究室スキンサイエンスグループに所属。

写真右:研究所 スキンケア製品研究室 木内愛海(きうち あいみ)
東京都出身。2017年コーセーに入社。スキンケアやヘアケア製品など幅広いアイテムの製剤開発を担当。スキンケア製品の開発に従事した際に、念願であったリポソームの新たな剤型開発を担当した。

研究を突き詰めていることがコーセーの「リポソーム」の強み

まずは、「リポソーム」ってどんなものなのか教えてください。

池田 我々が作っているリポソームは、リン脂質という生体由来成分でできた小さなカプセルです。皆さんが想像するカプセルは、外側に1枚の膜があって、中に何かが入っているというものかと思うのですが、コーセーのリポソームは膜が1枚だけでなく何層もあるというのが特徴です。断面をみると、玉ねぎのようになっていて、私たちは「多重層リポソーム」と呼んでいます。

リポソームの電子顕微鏡像

リポソームの電子顕微鏡像

コーセーの言うリポソームは、膜がたまねぎのようにたくさん重なった「多重層リポソーム」のことなんですね。リポソームにはどんな特長があるんでしょうか?

池田 このたまねぎ状の膜の中にうるおいや様々な美容成分を抱えることができるのが、大きな特長の一つです。カプセルが角層へと浸透し、まるで外側からじっくりほどけるように、長時間うるおいを与えてくれます。また、リポソームを肌に塗ると、「ラメラ構造」の膜ができるという点も見逃せない大きな特長です。

黒木 ラメラ構造とは、脂質の層と水の層が、ミルフィーユのように交互に何層も重なりあっている構造のことです。肌の最も外側にある角層には、ラメラ構造になっている部分があり、その構造が外部からの異物の侵入、肌内部からの水分蒸散の防止など、肌のバリア機能にとって非常に重要な役割を果たしています。研究の結果、リポソームは角層の内外にラメラ構造を形成することが分かっていて、そのため肌が本来もつバリア機能を補強することが期待できます。ここまでリポソームというものを突き詰めて研究しているのが、コーセーの一番の強みだと思っています。

こんなに肌に良い効果があるのなら、あらゆる化粧品に沢山リポソームを入れて欲しいと思ってしまうのですが、それは難しいのでしょうか?

池田 肌に良い成分なら沢山いれたくなりますが、リポソームを多重層のまま安定した状態で化粧品へ配合するには、非常に難しい技術が必要です。さらに濃度を濃く保つとなると難易度も上がります。
実はリポソームは非常に繊細なので、一緒に入れられる成分が限られ、そういった制約の中で作り上げなければならないんです。

受け継ぎ、進化させていく

このような難しい壁を越えるために、皆さん日々研究に取り組んでいるということですね。そもそも、コーセーのリポソーム研究の始まりはいつなんですか?

木内 1984年、ある研究員が医薬系の講演会でリポソームと出会い、そのたまねぎのような美しい多重層に魅了されたことから開発が始まったと聞いています。しかし、多くの成分でできている化粧品製剤の中でリポソームを安定化することは難しく、特に多重層を保ったまま化粧品に配合することは不可能だと言われていました。それでも研究員たちのリポソームにかける情熱と試行錯誤の結果、化粧品としての安定性や肌効果を実証し、8年かけて製品化しました。それからも研究所ではより高い効果を目指して、日進月歩、リポソーム研究を続けています。
私は新剤型開発で、2022年に初めてリポソームに携わりました。研究の歴史から見るとかなりの後輩ですが、実際にリポソームに携わったことで、その開発の大変さを身をもって感じました。先輩方の研究の積み重ねがあって今があるのだと思いますし、今日一緒にいる黒木さんや池田さんたちがリポソーム研究を受け継いで、発展させてこられたから、また新しいリポソーム製品を世に送り出せているのだと思います。

黒木 私たちコーセーの研究員は、リポソームに限らず処方全体を歴代の先輩方から受け継いでいます。それを受け継ぐだけでなく、進化させ、育て続けているイメージです。処方の特徴をみれば、これはコーセーの処方だ!とすぐわかるほど、独自の技術やこだわりが息づいていると思います。

池田 リポソームをつくるリン脂質は、熱や光に弱く、取り扱いが難しい原料です。原料をどう扱えばよいのかというハンドリング面でも先輩たちが知見を積み重ねてくださっているので、我々はそれらの知見を活かしながらリポソームの技術を進化させることができています。

お客さまに効果を感じてもらうため、新たな剤型を開発

木内さんが担当し、昨年発表した「唇あれを改善するリポソーム製剤」はバーム剤型です。コーセーのリポソーム製剤として、バーム剤型は初めてですよね?

木内 そうなんです。初めての剤型ということで、完成までには多くの苦労がありました。バーム剤型は熱を加えて溶かすという工程が発生するため、リン脂質の特性である熱に対する弱さをクリアする必要があります。品質が変わってしまわないか、リポソームが壊れず安定して配合できているかなどをチェックしながら開発を進めました。さらに、コーセーでは電子顕微鏡を使ってリポソームのたまねぎ構造が変化していないかを確認しているので、その保証チームとも何度も検討を重ねました。

こういった苦労を越えてでも、バーム剤型を目指した理由は何だったのでしょうか?

木内 唇と肌の構造が異なるという点が大きな理由です。唇は肌よりも角層が薄いんです。唇は乾きやすかったり、水分がすぐに逃げていってしまうといった実感がある方も多いのではないでしょうか?乾きやすさを解消するにはジェルやクリームのような剤型よりも、強い油膜でしっかりと唇を覆って水分が逃げるのを防ぐことができるバーム剤型が適していて、効果感も感じていただきやすいんです。

中でも、最も難しかったことは何でしたか?

木内 リポソームは通常水系の製剤に配合できるものです。しかし、バームは油でできていますよね…。ここにリポソームをどうやって配合しようか、ということに頭を悩ませました。様々な検討を繰り返した結果、油の中に水の滴を作って、その中にリポソームをいれることで、バームの中にリポソームを安定配合することができました。


作っては、やり直しを繰り返す時期もあり、私だけではなくリポソームの新剤型開発に関わるメンバー全員で検討を重ね、通常の10倍くらいの数の処方を検討しました。正直、もう無理かもしれない、もし完成できなかったらどうしようと思う時もありました(笑)

黒木 これを担当してと言われたら相当のプレッシャーだと思います。私だったらやりたいけど、どうしようかと悩むと思うので、自分でやりたいと手を挙げた木内さんはすごいです。

社内でも、リポソームへの期待は大きいですよね。

木内 なかなか上手くいかずに、やりたいと言ったことをちょっと後悔した瞬間もありました(笑)。リポソーム製剤の剤型の幅を広げようという検討を始めた頃に新製品開発の話が挙がりました。私自身、ヘアケアのグループからスキンケアのグループに異動してきたばかりの頃だったので、せっかくなら一度はリポソームに携わりたいと思いチャレンジすることを決めました。コーセーにとって大切なものに携わるということには、大きなやりがいとともに、やはり責任も感じました。

効果を最大限に発揮させるための更なる進化に向けて

木内さんと同じく、スキンケア製品の処方開発に携わってきた池田さんは、これまでリポソームとどんな風に向きあってこられましたか?

池田 リポソームは、肌に対する効果が高い一方で、そのメカニズムはよく分かっていませんでした。でも、先ほど黒木さんの話にもありましたが、リポソームはラメラ構造を形成して、肌のバリア機能に効果があるということが明らかになりました。そこで私は、その効果を最大限発揮するため、製剤中のリポソームをいかに高濃度化できるかにフォーカスして開発を進めました。
しかし、リポソームを沢山いれると、入れた分だけリポソーム同士が衝突しあって壊れてしまうリスクが上がります。肌効果を最大限に引き出すためにリポソームを沢山配合したいのに、入れれば入れるほど逆に壊れて効果が最大化できなくなってしまうというジレンマに直面しました。そこで「衝突しても壊れないリポソームをつくろう!」という発想のもと、新しい処方の検討を始めました。そして、ちょうどその時、植物由来成分へのニーズが高まったこともあり、原料そのものも変更することになりました。様々な制約がある中で、衝突に強いリポソームを実現しなくてはいけないというのは大きな壁でした。

トレンドにあわせて変化しながら、進化もしていかなくてはいけないのは想像以上に大変そうです。

池田 そうですね。そんな中でも、やはり歴代の先輩方から受け継いだ知見は非常に大きく、何か壁にぶつかったときは、過去の検討内容が頭に浮かんできてブレイクスルーに役立っています。しかし、それでも想定外のトラブルは沢山でてきます。原因は何なのかを考えて、配合の順番を変えたり、処方を何度も作り直すことで想定外の状況を乗り越えてきました。自分は化学が好きなので、何が起きているんだろうと考える日頃の習慣が活かされた実感がありました。

リポソームの肌効果メカニズムを解明するために

新たな道を切り開くには、自分で考え、行動することが重要なんですね。黒木さんは、フランスのリヨン分室に所属されていましたよね。

黒木 はい。ある日、先輩から「リポソームがなぜ肌にいいのかを解明して欲しい」と言われたことをきっかけに、その研究を始めることにしました。当時から、リポソームの構造や肌に留まる性質などはもちろん分かっていましたが、それだけでは説明しきれない何かがあると感じていたんです。リポソームを超えるものを作りたい、でもリポソームがなぜ良いのかを解明しないと超えるものは作れません。これまでも、リポソーム以外のカプセル開発に挑戦していたのですが、リポソームと肌効果を比べるといつも負けてしまうんです。ならば、その高い壁を逆に解明してやろうと決意したんです。
製剤の肌効果を研究するときには、肌に塗って、そのまま切り取って観察できたらいいのですが、さすがにそれはできません(笑)。一方、フランスでは、手術時に摘出されたヒト皮膚を、研究などに活用することが認められています。そこで、「リポソームの肌効果をフランスで解明してみよう!」と、フランスのリヨン分室への異動を希望しました。

海外で働くということに不安はありませんでしたか?

黒木 私自身が幼少期に海外で過ごした経験から、海外で働いてみたいという気持ちがありました。摘出皮膚を使った研究ができることは研究員からしてみると本当に貴重なことなんです。フランスでなら、絶対にリポソームに関する良い研究ができるはずだという想いが強かったです。そして、肌の構造に着目して研究をし続けた結果、ついにリポソーム製剤は角層の内外にラメラ構造を形成することを見出しました。ラメラ構造は肌のバリア機能にとって欠かせないものですから、リポソームのひとつの可能性を解き明かせたことは本当に嬉しかったです。

第 87 回 SCCJ 研究討論会にて最優秀発表賞を受賞 リポソーム製剤が形成するラメラ構造に着目した肌効果メカニズムの解明

守り育てて、超えていきたい

研究員の皆さんにとって、リポソームってどんな存在なんでしょうか?

黒木 受け継がれてきた大切なコーセーの独自技術であり、面白い研究対象です。長年にわたって、お客さまにご愛用いただいている、つまりお客さまが実際に効果を感じていらっしゃるものなので、一生懸命研究しても絶対に裏切られないと思っています。

木内 社内外の多くの人から期待もされている分、難しい壁を乗り越えた時の達成感もありますよね。私は、入社する前からコーセーといえばリポソームというイメージがあったので、大事な技術・製剤であり、これからも守り、進化させていきたいと思っています。

池田 私は、超えていかなければならない壁だと思っています。リポソームを超えるリポソームを作っていきたいし、リポソームを超える次世代の製剤を作っていきたいです。

肌効果を研究してきた黒木さん、製剤を進化させてきた池田さん、新たな剤型を実現した木内さん、みなさんそれぞれのリポソームと向き合ってきた経験が感じられます。最後に、皆さんが今後挑戦したいことや目標を教えてください。

黒木 リポソームにはまだまだ解明されていないことがたくさんあります。例えば、肌の上でラメラ構造を作ることはわかったけれど、その詳細な様子や、どんなスピードでラメラ構造が形成されていくのかは、まだ明確ではありません。また、肌に浸透した後、どういう課程を経て効果を発揮するのかについても、わかっていないことが多いです。こういった未解明の部分をより詳細に研究して、リポソームの機能を明らかにし、より良い製品開発につなげていきたいです。研究の内容を多くの人に知ってもらえたり、自分が関わった製品を使ってくれているお客さまに出会ったときは本当に嬉しいので、今後も頑張りたいと思います。

池田 これまで以上に皮膚と製剤の相互理解を深めることで、まだ見ぬリポソームの肌効果を明らかにしていきたいです。また、リポソームだけでなく、肌と製剤の関わり方に関する研究を追求していくことで、リポソームとはまた異なる新しい化粧品製剤の開発へ繋げていきたいです。乗り越えられないと思うような壁に直面した時も、チームで知恵を絞ってブレイクスルーできたときにはやりがいを感じるので、仲間と協力して新たな製剤開発に取り組んでいきたいと思います。

木内 自分が開発した製品をお客さまに評価していただけた時にやりがいを感じています。今後もお客さまに喜ばれる良い製品をつくり続けたいです。時代の変化や嗜好性の多様化などによってお客さまに求められる製品は日々変わってきていますが、これまでの経験を活かしながら、まだ世の中に無い魅力的な製品の開発にチャレンジし続けます。

 

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