創業から続く、香りへのこだわり ~生活、気持ち、香りの持つ可能性~ 2025.11.28

創業時から、当社が大切にしている感性のモノづくり。中でも香りは、創業者が強い思い入れをもってこだわってきた要素であり、化粧品らしさやブランドらしさを表現する極めて重要な価値です。
“香水砂漠”とも言われた日本市場で、香りにこだわり続ける意味を、感性と研究のそれぞれの面から深堀ります。

写真:(株)コーセー スキンケア製品研究室 香料グループ
村瀬
正剛(むらせ まさたけ)
静岡県出身。2007年、コーセーに入社。研究所に配属されたのち、美容成分開発、ヘアケア製剤等の開発を経て2011年に香りの研究・開発を行う香料ユニットへ異動。本社勤務を経て、2018年から香料グループ。現在は同グループ主任研究員を務める。

コーセーの香りの歴史は創業前から 

―コーセーは1946年の創業時から3種(バイオレット、ヘリオトロープ、ムゲット)の香水を発売しています。
まずは、当時の時代背景やコーセーと香水の関係性から振り返っていきます。

創業者である小林孝三郎は、小学校を卒業後、東京の化粧品メーカーで働いており、その化粧品メーカーの工場長は研究者で、当時、日本を代表する調香師とも言われていました。
香りづくりに長けていた工場長から化粧品のイロハを教わった小林は香水に強い思い入れがありました。「良い商品こそ企業の命、香りは化粧品の華」という信念のもと、創業から初めて発売した商品8品のうち3品を香水が占め、1948年に発売しコーセー最初のヒット商品となったクリーム「スキンパール」は、香りがよいとして「香りのクリーム」とも言われるほど香りに力を入れていました。
香りへのニーズが高かった理由は、1960年代頃まで、日本の一般家庭においてクーラーが普及していなかったことが関係しています。汗の匂いや体臭を消す手段として香水が普及しており、化粧品の香りも現代と比べ強いものが求められていました。

 

1950年代には香水の発売数がピークを迎え、創業から累計で29品種93品を取り揃えるほどでした。すべての商品の香を決める決済を当社では「香料決裁」と呼び、現在でもその伝統は続いています。
また、当時、香水のプロモーションが大きくかけられる2月は、全社員総出でその出荷作業に追われる毎日だったそうです。コーセーの香水が人気だった理由はその品数だけでなく、「すっきりとした香りでいやな匂いが残らない」ことも要因でした。
創業から5年と経たずして、品質はもちろん、香りに一定の評価を得るだけでなく、会社の規模と比べ取り扱っている香水の量も多かったことから、当時は「香水のコーセー」とも呼ばれていました。

1980年代の香料室(課長室)
今よりも開発製品数は少なかったものの、すべての作業がアナログ。香料室員からなるエキスパートパネル(香り評価の専門家集団)が決裁に上程する香りを決めていました。

こころにも訴える香りの役割

創業者の小林孝三郎氏は「香りは化粧品の華」と信念を持っていたようですが、化粧品において香りにはどのような役割がありますか。

化粧品における香りの役割は大きく「モノ」としての基本機能と、「コト」としての付加価値に分けられます。
「モノ」としての基本機能は、化粧品の原料が持つ独特のにおいを、香りでマスキングしたり良い香りに変化させたりすることでお客さまが気持ちよく使用できるようにすることです。例えば、苦くて飲みづらい薬に甘い味をつけることで小さなお子さまでも飲みやすくなるのと同じ考え方です。
「コト」としての付加価値は、例えば産地限定の希少な天然素材のようなストーリー性や、自律神経系やホルモンへの働きかけなど香りが持つ特性に代表されます。
成分へ注目されるお客さまが増えるなど、化粧品の機能性を求められるようになってきたからこそ、化粧品が化粧品であり続けるためには、医薬品と異なる価値を持たせる必要があり、その要素の一つが香りです。医薬品と差別化を図る要素として継続して研究・開発すべき分野だと考えています。

そのため、コーセーでは香りにまつわる幅広い研究を行っています。
例えば、よく眠れないとジアリルジスルフィドというニンニク臭の主な成分が肌から多く発生することを突き止めました(参照①)。生活様式が肌の香りに影響する、しかもニンニク臭なんて、びっくりですよね。
また、香りが持つ心への影響を研究したこともあります。「金香木」の花の香りは開花段階で香気成分が異なっており、咲き初めの香りを嗅ぐことでポジティブな感情が高まることが分かったのです(参照②)。この成果は、2023年に刷新した「AQ」スキンケアラインに応用され、気持ちの面からもお客さまの満足感にアプローチしています。

参照①:よく眠れないと肌からのニンニク臭が増加することを発見(2024年9月3日リリース)

参照②:世界有数の植物研究機関と共同で肌バリアを高めるキンコウボク花エキスを開発 
キンコウボクの花の香りには心をポジティブにする効果も確認(2023年6月28日リリース)

また、天然香料が流通していないような花の香りについて、それを再現し、製品へ応用する研究開発も行っています。

香水砂漠と言われた日本に変化の兆し

―近年では若年層を中心に香りを楽しむ傾向も見られます。日本の香水市場の変化について、教えてください。

日本は長い間、香水など強い香りは売れないとされる市場でした。これは日本人の食文化や生活習慣により体臭が比較的少ないことが一因であると思います。また、日本には“引き算の美学”があり、匂わないことを良しとする風潮や、特に高温多湿な夏場は、強い香りを受け入れがたいという環境的な側面もあると考えています。
香りが価値となる商材は、香水や化粧品だけでなく洗剤や柔軟剤などの日用品にもあります。2000年頃までは、例えばトイレや靴箱のような嫌な匂いを消臭・無臭化するという考え方が主流でしたが、2000年代中盤に外資メーカーの強い香りがついた柔軟剤が流行し、“香りが日常生活を豊かにする”“香りを楽しめる”ということを生活者が知ったことで、日本の香り市場の潮目が変わったのではないかと考えています。

それ以降、次々と香りがついた日用品が増え、市場が拡大していったと考えます。歴史的に香道やお香の文化がある日本人は香りへの親しみは持っているので、その流れに乗って、香りがする生活空間が当たり前となっていったと感じています。その意味では、メーカーにとってはチャンスだと思います。
“周囲との調和”という意識がある日本文化に寄り添い、TPOをわきまえた香りの質・強度を楽しむことが文化として今後育っていくことで日本の香り市場が活性化すると思います。

生活に寄り添った香水の提案として、“花の恵みで、日々に香りと彩りを。”をテーマに、香水を展開する『Flora Notis JILL STUART』のホームページでは、「Discover Your Scent」という香りのレコメンドサービスがあります。今の気分や好きな季節などライフスタイルに関する質問に回答していくと、11種の花々から一人ひとりにおすすめの花と香水を提案してくれるサービスです。このシステムの開発に当たっては、香りの印象評価に基づくデータをもとに、情報統括部にもご協力いただいて、研究所で考案した独自のアルゴリズムで気分と香りとの相性を判断しています。

―香りと生活は密接に関わっているのですね。こうした市場の変化は香りづくりにも影響しますか。

例えば、Z世代は香りがある環境で育っているからこそ、これまでの世代に比べ香りの許容幅が広がっていると感じます。香りの強さだけでなく、過去でいう“男性らしい”“女性らしい”という香りの捉え方はなくなり、女性らしいとされる香りを男性が使うことが当たり前となってきています。
このような市場環境の変化を受け、『雪肌精』のホリスティックビューティを提案するシリーズ「雪肌精 BLUE」では、これまでよりもチャレンジングな香りづくりをしました。
ハーブやシトラス、スパイスなどの素材を強く効かせた香りで、『雪肌精』とも全く違います。
「植物の恵み」という共通要素によりブランドらしさを残しつつ挑戦した、コーセーの香りの幅の広がりを感じることができたシリーズですので、ぜひ体感してほしいです。

“コーセーならでは”の香りづくりとは

―香りの分野におけるコーセーの特徴は何だと思いますか。
今後、どのようにして特徴を次の世代に継承していくか教えてください。

度々、コーセーの香りは一定の水準を満たしていて、安定していると言っていただくことがあります。香料グループでは教育も体系的に行っており、全員が一つひとつの香りに対して共通の認識を持ったり、香りを表現するための言語を共通化したりして香りづくりをしていることが要因の一つかと思います。
配属され1年ほどかけて様々な香料成分や天然香料の香りを鼻で覚え、毎週テストを行い、答え合わせの際には、その香りを表現する言語や、使われている商品を共有し、香りの表現を育てています。もちろん、テスト範囲をすべて覚えても、日々新たな香りと出会うので都度、覚えていきます。

 

また、グループ員には積極的に外に出て香りを感じてほしいと思っています。特に季節ごとの花の香りの移ろいは敏感に感じてほしいですし、香りにまつわる多くの経験から、語れる研究者になってほしいです。香料グループでは昔から、自分の鼻で匂いをかぐためによく外に出ていたようで、私自身も、最初の配属の時から植物園に行ったり、香水売り場に行ったりと、外に出る機会をよく持っていました。
香りは万人にとっての正解があるわけではないので、これからの人には引き続き、賛否を恐れず主体的に、自分らしさや特徴を持ったものを提供し続けてほしいですし、それによってコーセーの香りの幅をより一層広げて、ご提案していくことが使命のひとつだと考えています。

 

 

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