肌と心を満たす“官能品質”と、乳液先行の美容理論~35年開発に携わった元開発者に聞く、コーセーのこだわり~ 2025.12.25
コーセーは、創業以来化粧品のモノづくりにおいて、肌なじみのよさや浸透感をはじめ、化粧品に触れる時間を至福のひとときにしていただけるよう、使い心地や効果感、香りまでを含めて、毎日使いたくなる化粧品を追及しています。
今回は、コーセーがこだわりを持つ“官能品質”とはどのようなものなのか、35年にわたって化粧品の品質設計を担当したコーセーOGの石井 宏子さんに話を聞きました。
写真:石井 宏子(いしい ひろこ)さん
美容部員(現 ビューティコンサルタント)として1976年にコーセーへ入社。営業所での美容部員、アドバイザーを経験した後、1988年に商品開発部へ異動。『コスメデコルテ』を中心に、数々のスキンケア商品の開発を手掛けました。
なぜ乳液を先に使用するのか ~肌構造に基づくスキンケア理論~
― 『コスメデコルテ』では、「乳液を化粧水の前に使う」という“乳液先行”という考え方を大切にしてきました。乳液先行の美容理論について教えてください。
乳液を最初に使用するという考え方は、人間の皮膚構造に基づいていています。肌を健やかで、トラブルのない状態を維持するために、とても重要なのが「天然の皮脂膜」です。天然の皮脂膜は、毛穴から分泌される汗と皮脂が混ざり合うことで形成され、この皮脂膜があるからこそ、外的刺激から肌を守り、うるおいを逃さないようにするバリア機能として働き、健やかな状態が保たれます。
この天然の皮脂膜の性質に近しいのが“乳液”です。水分と油分がバランスよく配合されているため、洗顔後に失われがちな皮脂膜のような環境を、まず先に補ってあげることができるのです。さらに、乳液は肌を柔らかくときほぐし、次に使う化粧水の肌なじみをよくするための「土壌を整える」役割を果たします。
また、乳液を使用する際に、コットンを使うことにも意味があります。コットンで乳液をなじませることで、肌を柔らかくしながら、必要な油分と水分を補うと同時に、肌表面のキメを均一にする角質ケア効果がプラスされます。つまり、一本でさまざまな効果を発揮できる点が、乳液の大きな魅力と言えます。
理想の“官能品質”への追及
― 実際にどのようなステップを経て商品の品質を実現していくのでしょうか?
例えば、新しいシリーズを作るとき、市場でどのような立ち位置を目指すのか、コンセプトやターゲット、競合といった情報に関して詳しく調査を進めます。その情報がないと、私はどんな品質の化粧品を作れば良いのか分からないと考えています。いい感触を作れば何でも売れると考えがちですが、ターゲットが見えないと、シリーズが目指す“その人”に本当に合う品質は作れません。ターゲットが明確になったら、次のステップとして研究所と詳細な打ち合わせを行い、その人の肌状態はどのような状態にあるのか、肌内部では何が起きているのか、それを化粧品によってどのように立て直すのか、どのような品質であれば効果を実感いただけるのかを入念に確認していきます。こうした検討を重ねるために、研究所とのやり取りは10回以上に及ぶこともありました。

かつて担当していたスキンケアシリーズでは、複数のシリーズを展開し、それぞれのターゲットを明確に分けて設計をしていました。たとえば、同じ肌悩みを抱えていても、年代によって肌状態は異なります。そうした考え方のもと、なぜ複数のラインがあり、ターゲットを分けているのかというと、40代、50代、60代それぞれの年代に合う仕様にするためなんです。年齢を重ねるにつれて、よりしっとりした質感を好まれる方が増えますが、だからといって、ベタつく感触では受け入れられません。そこで、私たちはお客さまの求める質感や効果感の仮説を研究所に投げかけ、「この部分をもう少し調整しよう」「ここをこう変えてみよう」とフィードバックを何度ももらいながら、すり合わせをしていく。そうして理想の品質を少しずつ丁寧に形にしていき、試行錯誤を重ねた先に、ようやく一つの商品が生まれます。
官能評価に基づくモノづくりは、粘度や伸び、軽さ、みずみずしいかしっとりなのか等、一定のマニュアルがあります。新たに商品開発に携わる担当者は、そのマニュアルを見ながら評価の方法を学び、開発を進めていきます。しかし、開発者自身が一人の消費者として、この化粧品のサンプルを使った時にどう感じるかという点は、教えきれない難しさがあります。お客さまが抱く「なんとなくしっくりくる」「なんだか良い」という感覚を探りながら、品質を磨き上げていく必要があるからです。その言葉にしきれない心地よさを品質に落とし込むために、私たちは自分の肌で何度も試し、開発を進めていきます。
乳液と化粧水に込めた、品質設計のこだわり
― 石井さんの印象に残っているアイテムを教えてください。
何十年も商品を作ってきた中で、改めて乳液と化粧水の効果を強く実感したラインがあります。乳液では、まずポンプを押した時の感触からこだわりました。軽い力でストレスなく押すことができ、「ぽってり」とした乳液が出てくるんです。その乳液を肌にのせた瞬間、まろやかで厚みがあるのに、ふわっと崩れていく。これは私 自身、「こういうものを作りたい」と強く思っていた質感でもあります。コットンで肌にのせた瞬間、スッとほどけていくようなイメージです。肌になじんでいく過程も、ただ水っぽくベチャッと崩れるのではなく、ある程度の厚みを保ちながら、そこから一気になめらかに崩れて、スーッと伸びていくように設計しました。ベタつかず、使用後の肌は、まるでスチームをあてた後のようにふっくらとしてツヤ感があり、うるおいやハリが出るのです。
化粧水も少しとろみがありながら、実際に肌にのせるとすごくみずみずしさを感じる、ベタつきのない仕様にしました。この乳液と化粧水の2品を合わせて使っていただくことで、本当に“極上”の肌効果が得られるように作り込んでいます。私にとってこのシリーズの乳液と化粧水は、今でも心の中で変わらず大切にしている存在です。自分自身が「こういうモノを作りたい」と長年思い描いてきた質感に、ようやくたどり着けたと感じた商品でもありました。

―石井さんにとっての商品開発とは
昔、ある企画担当の方に「石井さんって、化粧品づくりを“趣味”でやってるみたいですよね」と言われたことがあるんです。自分ではまったくそんなつもりはありませんでした。ただ、振り返ってみると、私はこの仕事が本当に楽しくて好きで続けてきました。こだわり続けて30年経っても飽きることはありませんでした。それどころか、新しいラインや新商品を出すと、すぐ次の企画が待っている。たとえば、商品のリニューアルでも、第一作では実現しきれなかったことを、「今回はどのように実現できるか」と考えるのが、好きでむしろ面白かったんです。プレッシャーももちろんありましたが、その積み重ねこそが、長く続けてこられた理由だと感じています。
その中で大きな支えになったのは、商品開発を進めるうえで、周りにいい意見をくださる方がたくさんのいたことです。自分一人に決定権があるわけではありませんし、実際にお客さまへ商品をご紹介してくださる販売店の従業員さまやビューティコンサルタントの方々が、「この商品をおすすめしたい」「好きだ」と思ってくださることが何より重要です。その“やる気”や“好き”という気持ちをどう引き出すかを大事にしながら、「商品を発売したあとに、どう広げてどのようにご紹介いただくか」を一緒に考えてくれる仲間の存在に、本当に助けられました。それだけ、自分自身の思いも強かったですし、関わってきたブランドと一緒に歩んできた時間はかけがえのないものです。肌と心の両方を満たす“官能品質”を追い求めてきた日々が、今も自分の誇りになっています。

そして今は、その積み重ねてきた思いやこだわりを、現役で開発に携わっているみなさんに、ぜひ引き継いでほしいと願っています。目の前の処方や数値だけでなく、「この化粧品を使うお客さまが、どんな気持ちになってくださるだろうか」と想像しながらモノづくりをしていく。その姿勢が続いていくと、コーセーの化粧品はこれからも、多くのお客さまの肌と心を支え続けていけると信じています。