リポソーム
リポソームとは?
リポソームは私たちの肌に含まれる生体成分のリン脂質が多重層になった、0.1~0.2μmの微小なカプセルです(0.1μmは1mmの10000分の1 )。リン脂質は水になじむ親水部と油になじむ疎水部をもっており、図のようにそれぞれの部分が向き合うように並ぶことでたまねぎのような多重層構造をつくります。 医薬品分野ではその内部に薬剤を封入し、体内でのデリバリーに使われるなど、優れた輸送技術の一つとして活用されています。
開発の始まり
1984年、ある研究員が医薬系の講演会でリポソームと出会い、そのたまねぎのような美しい多重層に魅了されたことから開発が始まりました。しかし、化粧品製剤の中でリポソームを安定化することは難しく、特に多重層を保ったまま化粧品に配合することは不可能だと言われていました。それでも研究員のリポソームにかける情熱と8年にもわたる試行錯誤の結果、化粧品としての安定性や肌効果を実証し、製剤化を達成しました。それからも研究所ではより高い効果を目指して、脈々と30年以上もリポソーム研究を続けています。
リポソーム研究の舞台
リポソームが働きかける皮膚の構造についてご紹介します。私たちの肌は図に示すような層状構造になっており、最も外側に位置するのが「角層」です。ここは外部からの異物の侵入や、肌内部からの水分の蒸散を防ぐ、肌バリアにとって非常に重要な部分です。
さらにその角層を拡大して見ると、「角層細胞」とその間を埋める「細胞間脂質」からできていることがわかります。細胞間脂質は、親水部分と疎水部分がミルフィーユのように層を形成した「ラメラ構造」と呼ばれる構造をとっています。
健全な肌のためには、角層細胞と細胞間脂質、その両方が正常な状態でいることが必要不可欠です。
研究レポート①
リポソームが肌上でラメラ構造を形成することを発見
リポソームを肌に塗布することで、肌のバリア機能にとって重要なラメラ構造を形成することを見出しました。
この知見は、リポソーム塗布後の肌を詳細に構造解析することで得られたもので、大型放射光施設「SPring-8」での実験にて確認されました。電子顕微鏡での観察においても、細胞間脂質のラメラ構造が、リポソームの塗布により、より多く形成されていることがわかりました。(写真)
このことから、リポソームには肌が本来もつバリア機能を補強する効果があることが期待されます。
研究者コメント
新しい肌効果を求めて
より魅力的なリポソームを開発するためには、それが肌に与える影響をもっと知らなくてはならない!とリポソームと肌の関係について研究に取り組んできました。あるとき、リポソームそのものがラメラ構造を形成するのでは?と思い当たりましたが、同時にそれを証明するために奮闘する日々が始まりました。
界面化学、皮膚科学、物理学といったさまざまな専門家との議論を重ね、それらの専門知識を総動員することで、ようやくリポソームの新しい効果を証明することができたのです。
なお、本研究は2021年、日本化粧品技術者会(SCCJ)第87回研究討論会にて最優秀発表賞に選出されました。
研究レポート②
リポソームによる角層保水構造の可視化
リポソームの研究開発において、電子顕微鏡による可視化技術は欠かせないものです。リポソームがたまねぎ状に多重層を形成していることの証明や、製剤を塗った後の肌の変化の観察などに応用されています。
そこで得られた成果の一つとして、リポソーム製剤塗布により、角層細胞が保水構造を形成する(水分を含んでふくらむ)ことを可視化しました。
通常の処理では、水分を含んだ対象をそのままの姿で観察することは難しいのですが、クライオ走査型電子顕微鏡という分析機器を用いた技術を応用することで、微細画像を得ることを可能にしました。この技術を用いてリポソーム製剤塗布後の角層を観察したところ、角層の中層~下層にかけて細胞が水でふくらんだ保水構造が形成されていることがわかりました。
これにより、リポソーム塗布によって角層深部まで潤いが保持されることが示されました。
研究者コメント
リポソームを支え続けた電子顕微鏡技術
リポソームの開発には当初から電子顕微鏡の技術が関わっており、下の動画のようなリポソームの可視化技術を手探りで確立してきました。この美しい多重層構造もリポソームならではの魅力ですよね。
機能面の証明においてもこの可視化技術は欠かせないものです。角層における保水構造の可視化もその一つで、マニュアルには書けないような手技や技術も必要になります。
化粧品を理解する電子顕微鏡技術者だからなしえてきた、一目で見る人に驚きと納得を与える可視化技術をこれからも大切にしていきます。
研究レポート③
リポソームの高濃度化に成功
リポソームの研究は肌への効果だけではありません。製剤の一滴の価値を最大限まで高めるための製剤化研究も進んでいます。その成果の一つがリポソームの高濃度化です。
初期のリポソームでは濃度を高めるとリポソーム同士が密に衝突して構造が崩れるため、長期での安定化が難しいという課題がありました。そこでリポソーム膜の構成成分を見直すことで膜のゆらぎを制御し、衝突しても壊れない膜強度が得られる処方を見出しました。
これにより、成分を高濃度化し、より高い効果が期待できる製剤への進化が可能となりました。
研究者コメント
リポソームの製剤化研究に秘められた可能性
リポソームの製剤化研究は、開発からこれまで色褪せることはありませんでした。しかし、その効果を高めるための高濃度化の実現には数多くの苦難がありました。
リポソームを適切に構築できる原料も限られている中で膜強度を高める組み合わせをいくつも試したり、製造時の温度や時間を変えてみたり… その中できちんと多重層をつくり、さらにはそれを長期間保持できなくてはいけませんでした。
しかし、高濃度化が達成できたとき、改めてリポソームという製剤に魅了されました。リポソームにはまだまだ秘める可能性があるはずだ、と。これからもリポソームの進化のための研究を続けていきます!